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2010年7月14日 (水)

感謝

父、信男の葬儀に際しまして、お忙しいなか700人以上の方々においでくださり心より感謝いたします。全国からかけつけてくれた塾生、忙しいのに来てくれた塾生ありがとう!君たちの顔を見たら涙が止まりませんでした。また予備校や大学や高校や出版関係の方々本当にありがとうございました。東京から日帰りでかけつけて頂きました方々には、本当に感謝いたします。

父は、大正14年生まれで海軍機関学校の最高学年の時に終戦を迎えました。お国のために命を捧げるつもりで入った海軍で、終戦を迎えてしまい、ただただ途方にくれたと言ってました(その時以来終生フンドシをしていました)。その後、大学へ進学する気は全くなく、目標を見失ったまま復員船の船員を経て、亀岡中学校の教師になりました。昭和28年頃、中学の先生が「この子たちを教えてやって」ということから竹岡塾がスタートしたと聞いております。そして竹岡塾開設当初からの塾の基本は「安い月謝で最高の教育を提供すること」だったようです。よって月謝は「野菜類」だったようです。

父は優しい人でした。80歳近くまで現役で数学を教えておりましたが、生徒たちから「信男ちゃん」と呼ばれて満足しておりました。比叡山や高野山の合宿にも参加し、テレビ厳禁のはずの部屋で高校野球を見ていたことを覚えています。「情のある人間になれ!」が父の口癖でした。今でも「めだかほど群れたがり、めだかほど情もうすい」と書かれたものが飾ってあります。

また教育に関しては時には厳しい人でした。ある時、保護者からの電話を父が受けて、その保護者から何かの相談を受けた時に、僕はたまたまそばにいました。父いわく「直接顔も見せたことの無い親と電話で話すことはない。そんな親はろくでもない親です」と言って、電話を切ったのを見て、びっくりしたことを覚えています。いまでは、確かに一理あるような気がします。しかし「男前」ですね。

趣味は読書と碁と旅行と数学でした。旅行に出かける時には必ず数学の入試問題集を携え、移動の時に解いていました。よほど数学が好きだったのでしょうね。病院で術後もぶつぶつ呟いていますので、耳をそばだてると因数分解の暗算をしていました。仰天しました。また「バタやん」の歌が大好きで、よく「なみのせのせに、揺られて揺れて」と歌っておりました。

父の長兄は元香川大学の古文の教授で、次兄は岡山県警本部長を経て防衛庁官房長、弟は(グリコ森永事件の時の)大阪府警本部長で、みなさん素晴らしい肩書きでした、父は「俺は名刺のない人生や」と言ってました。ですから僕がNHKのプロフェッショナルに出させていただいて「竹岡塾」という名前が全国に知られた時には、本当に嬉しそうでした。それまで亀岡の一介の小さい塾だったわけですからね。

僕は父の意志を継ぎ竹岡塾をやっていますが、あれほど情の深い人になれるかどうかは常に自問してします。たしかに予備校で教え、本を執筆し、講演会をし、父よりも活動の幅は広いですが、父ほどの人徳を持った人には到底届かないような気がしています。

父とは僕が20歳代の頃二人で海外に3回行きました。晩年も「一緒にロンドンに行こうけ」と父は行っていました。かなわぬ夢となった今日は、父の写真を見ながら酒を飲んでいます。

みなさん、長い間父を支えていただき、また愛していただき本当にありがとうございました。

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コメント

さきほど、偶然、この訃報を知りました。大先生にはずいぶん長いことお目にかかっていないので、一度挨拶に行きたいと思ってはいたのですが・・・。
葬儀にも行けなくて残念です。ご冥福をお祈りします。
明日から、仕事で2週間ほど欧州へ出張です。大先生&先生から教わった竹岡塾仕込みの亀岡人魂?をドイツ人やイギリス人のエンジニアに見せつける気合いで行って参ります。

投稿: 510 | 2010年7月14日 (水) 01時22分

東京転勤のご挨拶に伺った際には、お元気そうで、顔を見せたことにとても喜んで下さっていました。実は姉も含めて(中学生を教えておられた時)、我が家は兄弟3人ともお世話になりました。卒塾後も書斎で色んな昔話をしていただいたことを覚えています。とても寂しいですが、今でも皆のことを温かく見守ってくださっていると信じています。信夫先生、ありがとうございました。

投稿: 片山 直樹 | 2010年7月19日 (月) 02時03分

何ヶ月かに1度くらいしか、HPに訪れることは無いのですが、フラッと立ち寄って、ふらっと立ち寄って信男先生の訃報を知りました。ご冥福をお祈りいたします。
理系でありながら、数学はサッパリでしたが、今でも授業風景は忘れられません。先生の脱線話は大好きでした。
今度帰郷した時にはお線香をあげに行きたいと思いますので宜しくお願いします。

投稿: 藤田 貴行 | 2010年7月22日 (木) 12時53分

竹岡先生お久しぶりです!
ご活躍いつも拝見しております。
大先生のことお悔やみ申し上げます。

お葬式にはお伺い出来ませんでしたので、また実家の園部に帰る際にご挨拶させて頂ければと思います。

僕自身はおかげさまで、とても充実した日々を過ごしております。
またお会いできる日を楽しみにしております。

投稿: 日原 義人 | 2010年7月23日 (金) 02時54分

竹岡先生

メールでお世話になっております。白杉です。

お父様の訃報、最近になって知りました。

葬儀参加できず申し訳ございません。

ご冥福をお祈りいたします。


あさってより、先生のセンター英語の講習を受講します。

どうぞよろしくお願いいたします。

お身体お気を付けください。

投稿: しらすぎ | 2010年7月25日 (日) 23時18分

竹岡先生

初めまして、私、大阪で英語の教員をしている者です。現在26歳で、まだまだ駆け出しの身でございますが、以前竹岡先生をプロフェッショナルの番組で知りまして、それからというものの竹岡先生のような人間になりたいと思っております。今日たまたまブログを覗かせていただきますと、こちらの記事が目に入りました。広信先生はなんて親孝行な方なんだと、その素晴らしさと自分の惨めさで胸が一杯になりました。しかし竹岡先生の歩んできた道を見習い、自分も精進すると誓いました。いつかまた講演会をされる時には是非とも参加させて頂きます。

投稿: みとし | 2011年3月 8日 (火) 11時56分

以前お話していただきました鳥取の塾講師です。先生にアドバイスを多々頂き、なんとか今年は今時点の自分にできることはすべてできたと思っています。本当に感謝しております。
久しぶりにHPを拝見し、訃報を知りました。お世話になっていながら葬儀に参列できず本当に申し訳ございません。
ご冥福をお祈りいたします。

投稿: なかはら | 2011年3月19日 (土) 15時09分

初めまして
私は34年前に中学3年間「まるや」で竹岡信男先生に教えてもらった生徒です。
最近になって、先生の訃報を知り、あまりのショックに涙が出そうになるとともに、当時の思い出がよみがえってきました。授業中にしょうもないミスをしたときの信男先生からの「脳に振動」の儀式は一生忘れません。
ご冥福をお祈りいたします。

投稿: 「まるや」世代 | 2012年1月 9日 (月) 14時33分

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