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2010年7月22日 (木)

NHK出演のお知らせ

ディープピープル「予備校講師」
NHK総合:7/24(土)23:30~24:00
<再>NHK-BS2:7/26(月)16:30~17:00
NHKワールドプレミアム:7/25(日)13:35~14:05[日本時間]※

※北米とヨーロッパでは、現地の生活時間帯に合わせて放送時刻が調整されることがあるそうです。
NHKワールドプレミアムは、海外の衛星放送やケーブルテレビ向けに番組を配信している有料サービスです

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2010年7月14日 (水)

感謝

父、信男の葬儀に際しまして、お忙しいなか700人以上の方々においでくださり心より感謝いたします。全国からかけつけてくれた塾生、忙しいのに来てくれた塾生ありがとう!君たちの顔を見たら涙が止まりませんでした。また予備校や大学や高校や出版関係の方々本当にありがとうございました。東京から日帰りでかけつけて頂きました方々には、本当に感謝いたします。

父は、大正14年生まれで海軍機関学校の最高学年の時に終戦を迎えました。お国のために命を捧げるつもりで入った海軍で、終戦を迎えてしまい、ただただ途方にくれたと言ってました(その時以来終生フンドシをしていました)。その後、大学へ進学する気は全くなく、目標を見失ったまま復員船の船員を経て、亀岡中学校の教師になりました。昭和28年頃、中学の先生が「この子たちを教えてやって」ということから竹岡塾がスタートしたと聞いております。そして竹岡塾開設当初からの塾の基本は「安い月謝で最高の教育を提供すること」だったようです。よって月謝は「野菜類」だったようです。

父は優しい人でした。80歳近くまで現役で数学を教えておりましたが、生徒たちから「信男ちゃん」と呼ばれて満足しておりました。比叡山や高野山の合宿にも参加し、テレビ厳禁のはずの部屋で高校野球を見ていたことを覚えています。「情のある人間になれ!」が父の口癖でした。今でも「めだかほど群れたがり、めだかほど情もうすい」と書かれたものが飾ってあります。

また教育に関しては時には厳しい人でした。ある時、保護者からの電話を父が受けて、その保護者から何かの相談を受けた時に、僕はたまたまそばにいました。父いわく「直接顔も見せたことの無い親と電話で話すことはない。そんな親はろくでもない親です」と言って、電話を切ったのを見て、びっくりしたことを覚えています。いまでは、確かに一理あるような気がします。しかし「男前」ですね。

趣味は読書と碁と旅行と数学でした。旅行に出かける時には必ず数学の入試問題集を携え、移動の時に解いていました。よほど数学が好きだったのでしょうね。病院で術後もぶつぶつ呟いていますので、耳をそばだてると因数分解の暗算をしていました。仰天しました。また「バタやん」の歌が大好きで、よく「なみのせのせに、揺られて揺れて」と歌っておりました。

父の長兄は元香川大学の古文の教授で、次兄は岡山県警本部長を経て防衛庁官房長、弟は(グリコ森永事件の時の)大阪府警本部長で、みなさん素晴らしい肩書きでした、父は「俺は名刺のない人生や」と言ってました。ですから僕がNHKのプロフェッショナルに出させていただいて「竹岡塾」という名前が全国に知られた時には、本当に嬉しそうでした。それまで亀岡の一介の小さい塾だったわけですからね。

僕は父の意志を継ぎ竹岡塾をやっていますが、あれほど情の深い人になれるかどうかは常に自問してします。たしかに予備校で教え、本を執筆し、講演会をし、父よりも活動の幅は広いですが、父ほどの人徳を持った人には到底届かないような気がしています。

父とは僕が20歳代の頃二人で海外に3回行きました。晩年も「一緒にロンドンに行こうけ」と父は行っていました。かなわぬ夢となった今日は、父の写真を見ながら酒を飲んでいます。

みなさん、長い間父を支えていただき、また愛していただき本当にありがとうございました。

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2010年7月10日 (土)

訃報

竹岡先生の父君でらっしゃる信男先生がお亡くなりになりました。
84歳でした。

お通夜及び告別式の日程をあげさせていただきます。

お通夜 7月11日(日)18:00~

告別式 7月12日(月)12:00~13:00

場所 セレマ亀岡シティホール
    亀岡市余部町清水71
    0771-25-4444    

葬儀場は、JR亀岡駅から歩いて5分くらいのところです。

また香典は辞退させていただきます。


                        竹岡塾ブログ管理人 佐藤

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