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2007年7月 1日 (日)

pick-me-up

 今日生徒が飲んでいるコーヒー牛乳を持って来ました。そしてその入れ物に書いてある英語に関する質問がありました。そのパッケージを見ると the pick-me-up for every memeber in the family to enjoy といくだりがあり、そこが分からないということでした。おおよその意味はわかったのですが辞書で調べてみると「(元気をつける)アルコール飲料、活力剤・強精剤」とありました。まだまだ勉強不足です。今回はラクト・コーヒーに一本です。

 コメントを削除させたいただいた方からさらにコメントがきています。匿名について批判したことに対してです。 「今回は竹岡先生ご自身の名誉のためにも、得策かと思います。小生が拙名と肩書を開示致しますと、先生の対外イメージに少し影響すると共に、先生も感情的に若干ショックを受けられる可能性があるでしょう。」 よほど偉い方なのでしょうね。ということは大学時代の恩師の青木先生か豊田先生でしょうか?残念ながらお二人ともそのようなくだらないことに時間を割かれる時間はないでしょう。

 いずれにせよ、皆様のご多幸をお祈りしております。 

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コメント

たまたま削除される前に例の削除されたコメントを読んだ者ですが、内容が内容だったために、私も書かれていたことをだいたい覚えています。一つ前の記事の「朝やけ」さんもコメントでご指摘の通り、何もあなたを誹謗中傷するような内容ではなかったですよ。確かに匿名ではありましたが、数日前の『うーーん』というブログ記事の記述について、ブログ上での他の講師・単語集への露骨な批判は控えるべきだとの立派な進言でありました。私もこの貴重な進言を納得しながら拝読し、これに賛同しました。決して『くだらないこと』ではないはずですが!!
ところで、あなたは匿名性について批判されますが、実名なら誹謗中傷は許されるのですか?竹岡先生という有名講師がご自身のブログで具体的な書名まで挙げて(または書名を挙げるのと同然のことを書いて)、その本に「不良品」の烙印を押したとなれば、その本を苦心してお書きになった先生方はどうお感じになられるでしょうか?例の語源単語集を書かれた河合塾の先生にしても、「シス単」を書かれた駿台の同僚の先生にしてもかなりショックでしょう。本人でない私でさえも読んでいて心が痛みました。「匿名でないのをいいことに、陰で他人を誹謗中傷するのは倫理観を欠く」と思います!各先生それぞれのアプローチの仕方にもそれぞれ優れた点があるということが、どうして認められないのですか??あなた以外の先生方も、それぞれのやり方で英語教育の現状改善に向けて努力されているんですが!!読んでいて非常に不愉快だったのでコメントしました。本当に気分が悪い、失礼します!

投稿: 川越 | 2007年7月 1日 (日) 16時44分

初コメント失礼します。

川越さんのコメントについて。
評論や小説などはもちろん、どのような書籍でも、本を書くと当たり前のように批判がきます。確かに"不良品"という言葉を用いるのは行きすぎではないかと思いますが、匿名では誹謗・中傷と取られる内容でも、実名を掲げた途端に、批判になることもあります。「"買ってはいけない"を買ってはいけない」という本をご存知でしょうか?あの本でははっきりと「買ってはいけない」という本を否定し、ところどころ、"不良品"に近い言葉遣いも見受けられました。しかしながら、この「"買ってはいけない"を買ってはいけない」は今でも店頭に並んでいます。この批判書籍とこの竹岡先生のブログのどこに違いがあるのでしょうか。

第一、もし本を書く際に、批判が来てショックを受けるようなら、最初から本を書く資格がありません。それに、優れた点を認めていないのではなく、間違った点を批判しているだけではないでしょうか。竹岡先生も、きっとこのような批判を受けたことがあると思います。英語教育を変えたいと思う人間が互いにこのような批判を出し合ってこそ教育を変える力になっていくと思います。

投稿: Ackey | 2007年7月 1日 (日) 23時03分

川越さんに対するAckeyさんのご説明に同意です。世に何かを発表すれば、批判もされる。これが現実というものでしょうね。私も根本的には、人間社会にお互いの批判などひとつもないのが理想だと思いますが、果たして現実は.....
竹岡先生が「うーーん」で世の出版物や英語教師を批判される熱意を理解したく思います。熱い指導者でおられますので。要は、フェアかどうかではないですか??他を批判する資格があれば、同時に、自分が他から批判される可能性も認めざるを得ないでしょう。今回、一部の方々が気分を悪くされているのは、竹岡先生は人の批判はブログ上で堂々となさるのに、かたや自分が批判されたらすかさず文面を削除し、おまけに問題をすり変えて「日本人の品格が落ちました」と逆に嘆いてみせたからだと思うのです。他人の批判はするが、俺の批判は許さん!では、やはりちょっと具合が良くないんじゃないでしょうか???
ということで、試しに以下に、私が偶然保存していた「一兵卒」さんからのコメントをとりあえず、復刻させて頂きましょう。その上で、竹岡先生が再び削除なさるなら、「うーーん」も同時に削除なさるのがベストじゃないかと提案いたします。

いつも拝見しております。今日はコメントを失礼致します。私は竹岡先生のお仕事関係の人間で、先生より若干年長の者です。おこがましいとは存じますが、以下に進言差し上げます。変な個人的感情はありません。ご参考になさって下さい。

先生はここ半年ほど(?)、少し暴走されているのではないでしょうか?率直に言って、傲慢不遜で『礼節』を欠いていらっしゃるように思われます。
例えば、最近あった『元駿台』君からの幻滅コメントに対して、「寛容を持て」とのレス。これにはただもう呆れ返りました。今まで先生を慕って寄せられた幾多のコメントは全て無視し、史上初のレスをなさったその内容がただの逆ギレですか。いや、ただの逆ギレより更にたちが悪い。なんと説教含みなのですから。「寛容」などという学校通信簿の教師用語みたいな単語をわざわざ選ぶ権高さ。第三者である私でも、拝読して気分が悪くなりました。コメントへの唯一のレスがあれであるのは、日頃から多くの人々に「生き方」や『礼節』をご高説なさっている人物としては、かなり恥ずかしいことだと思います。竹岡先生とは、何様なのでしょうか?

それと、とても目に余るのが、ご高著以外の出版物やご自身以外の英語教育者に対する露骨な中傷です。本当に開いた口が塞がりません。タイトル『うーーん』のブログメッセージに書かれている内容は、あまりにも低劣であり、対象者諸氏に失礼だと思います。世の出版物や同業者を見て何を考えるのも感じるのも個人の自由ですが、あのような断じ方は、品性と礼節を著しく欠くのではないでしょうか?おそらく竹岡先生の本音は、先生ご自身も書かれている通り「新機軸の単語集じゃなくてほっとした」なのでしょう。器がしれますよ。今少し冷静になられ、他をけなすのではなく、ご自分のご高著に専念されてはいかがですか?自分にはどんなにつまらぬものに見えていても、大衆が活用し喜んでいるものであれば、そこには存在価値があると認め、中傷は控えるべきではないかと私は思います。例えば、先生が「万歳」詠唱で絶賛しておられる『ドラゴン桜』に私はほとんど共感を覚えませんが、あれほど多数の大衆を喜ばす本なのですから、その存在価値を私は認めています。文句をつける気などありません。竹岡先生、シス単もDuoも、実際役立っているようですよ。しかしそのことで竹岡先生の価値が下がるなどということは決してないではないですか!少し黙られたらいかがです?特にシス単に至っては、同じ組織内で働くご同僚を名指しで非難しているも同然のていでしょう。恥ずかしくはないですか?それとも、先生はお偉いので、他の駿台講師諸氏を裁く資格をお持ちなのでしょうか?そういえば、駿台文庫からの出版中止に関しても、編集者ではない駿台職員が事情を理解しなかったからだと最近書いていらっしゃいますね。やはり先生からご覧になると、非はほとんど世間の人々の方にあるのでしょうか?洛南高校の他の先生たちに関しても、「縁の下」で頑張っておられると書いていらっしゃいますが、多分、この表現が傲慢無礼なものであるということに、先生はお気づきでないのでしょう。

先生、ちょっと客観的になられて下さい。「これも神の配置した試練。なにくそ!」などと単眼解釈されている場合ではありません。何でもかでも自分に利する解釈こそ、最も驕慢な精神態度ではないでしょうか?この種の姿勢は、ともすれば「神に選ばれた特別な人間である自分には、下々の人間よりも大きな試練が課されるのだ」との自己肥大化思想に通じ、自惚れに拍車がかかるという逆効果を生みかねないでしょう。「なにくそ」もよろしいですが、時と場合で複眼を用いられるのも、一策ではないでしょうか?

以上、私こそご無礼千万な進言を致しまして、申し訳ございません。これでも私は、竹岡先生のご健康とご貢献を祈っております。またお仕事でご一緒させて頂くのを楽しみに致します。

投稿: 辻本 健太郎 | 2007年7月 2日 (月) 22時11分

このコメントは中傷という言葉の意味を捉え違えています。手元の辞書を持ち出すという、政治家のようなやり口ですが、中傷の意味をあげておきます。「根拠のない悪口を言い、他人の名誉を傷つけること。」 このことを考慮いたしますと、竹岡先生は根拠をしっかりもって批判されています。

一方、このコメントの中にいくつか、気になる点がありましたので、これもあげておきます。
「竹岡先生とは、何様なのでしょうか?」――このときのコメントを拝見いたしましたが、これは逆ギレと呼ぶべきものでしょうか?元駿台さんのコメントは説教を受けるに値するほど低等だったように思えます。(あくまで個人的な意見ですが。)
「器がしれますよ」――竹岡先生の器とやらをどれだけ理解しているのでしょうか?人の器をはかれるというのはなかなか素晴らしいことですが、人の器をはかれる方がこのような露骨な書き方をなさるでしょうか?
「少し黙られたらいかがです?」――黙ることは即ち、現在の英語教育に目をつぶることに等しくなります。竹岡先生も即答でこの提案には"No"と仰るでしょう。

なお、竹岡先生がこのコメントを削除された件につきましては、確かに同意しがたいものではあります。竹岡先生ほど、確かな考えをお持ちでいらっしゃる方なら、堂々とこのコメントを残し、堂々と反論なさるほうが、このブログのリーダーに教育にかける情熱を伝えることができるのではないでしょうか?竹岡先生自身が間違っていない自信がおありならば(当然、おありでしょうが)、そのありのままの姿をありのままの言葉で表現なさることをお勧めします。

現在も駿台に通う一生徒という身分で、偉そうにお勧めしますなどと申し上げたことは失礼だと存じておりますが、これも私の中で竹岡先生がずっと憧れの存在であってほしいと願うからこそですので、ご容赦くださいませ。

投稿: Ackey | 2007年7月 3日 (火) 00時24分

削除されたコメントを記憶していること自体、本人以外には考えられません。竹岡先生もこんな疫病神につかれて大変ですね。ここをごらんの皆様、上記のような陰湿で病的な書き込みを無視していただきますようお願いいたします。
追伸:久留米付設の平○くんもそろそろ書き込みをやめないとね。友達から聞いたよ。竹岡先生の中傷をあちこちに書き込んでいるらしいね。

投稿: 通りすがり | 2007年7月 3日 (火) 00時24分

‘自分の批判は許さん!という姿勢はフェアではありません’という辻本健太郎さんの意見はもっともだと思います。しかしながら、↑に再アップされた「一兵卒」さんのコメントを拝見させていただいた結果、竹岡先生が削除された気持ちもわからなくはないと思います。なんといいますか一兵卒さんはあくまで口調は丁寧なのですがその過度なへりくだりや数々の哲学的言い回しには余りに痛烈な皮肉(ひょっとしますと竹岡先生には敵意と映ったかもしれません)がこめられているように私には思えるのです。‘あくまで個人的感情はありません’と仰っていますが、とてもそうには見えません。おそらく竹岡先生のことを好ましく思ってない方が書かれたのでしょう。もう少し中立的立場をとった批判であれば削除はしなかったのではないでしょうか?ただ、私もどちらかといえば竹岡先生寄りの人間ですので、公平な評価ができていないかもしれませんが・・。横槍で申し訳ありませんでした。

投稿: another元駿台生 | 2007年7月 3日 (火) 00時40分

私ですか?いやいや、偉いなんてとんでもない!削除されたコメント文の最初にお書きしたように、私は竹岡先生より若干年長なだけで、現在のお仕事関係の者です。(御塾ではなく、学校関係です。)文字通り、「一兵卒」ですよ。近々お会い致します。以上、先生からの問いかけにお答えだけ致しました。「御ブログからの撤退」に二言はありません。私は他人様に「進言」申し上げても、誹謗中傷する人種ではありませんので。ご安心下さい。

私の方こそ、もとから竹岡先生のご多幸をお祈り致しております。

投稿: 一兵卒 | 2007年7月 3日 (火) 00時43分

こんばんは
いきなりですが、一兵卒さんや川越さんは「ことば」というものをどのようにお考えになっているのでしょうか。
ヨハネによる福音書の冒頭にあるように、また我が国でも「言霊」という言葉があるように、私達は古来からことばの重要性に気付いていました。
そして今日においてもその大切さは薄れていないと思います。言葉は人を傷つけ、悲しませ、殺すことさえできます。しかし同時に人を勇気づけ、夢を与え、希望を抱かせる絶大な力も持ち合わせています。
一兵卒さんや川越さんの文面から察するに、この人達は言葉というものをただ相手を攻撃するための武器、憎しみや偏見、無知といった人間の最低のメンタル・レベルにアピールする道具としか捉えていないように思われます。私はこのような低次元で醜い文章を目の前から消したくなる衝動に駆られたし、正常な美的感覚を持ち合わせた人ならそう感じるのは止めようのないことだと思います。

投稿: | 2007年7月 3日 (火) 03時05分

また、一兵卒さんの記述を読む限り、彼はなんらかの教育にたずさわる職業に従事しているということですが、そのような立場にある人が「寛容の心をお持ちください」という言葉の持つニュアンスさえもわからないことに疑念を抱きました。やり場のない怒りの感情の捌け口を、言葉尻を捉えて人をあげつらうことに求めたような文面と合わせて、日本の教育現場の負の部分を垣間見た思いです。
その点、竹岡さんの行動は、ブログの発信者という視点から見ると間違ってはいないと思います。コメントを削除するのは公平ではないなどの議論がありますが、ここで問題なのはブログの公共性についでです。一般にブログとは個人の私的な日記をインターネット上で公開したものですので、それが多数の人に閲覧されているからといって「公共的」であるとは言えません。以前あるテレビ番組で、有名な料理評論家がブログであるラーメン店がまずいと書いたところ、そのラーメン店が潰れてしまったが、この料理評論家は一切の責任を負わなくてよいと弁護士の方が言っていました。

投稿: | 2007年7月 3日 (火) 03時49分

いずれにせよ、一兵卒さんの文章は人の揚げ足を捕らえただけの虚しい内容となっていますが、彼のように普段は周囲を窺ってびくびくしているのに、液晶画面に向かって匿名で書き込みをするとなると途端に大胆になる人というのは現代社会においてそれほど珍しくないでしょう。
このような人達がインターネット上だけでなく、実生活でも彼らの上司やマス・メディア、国家権力にも断固としてノーと言えるような、真の批判精神を身に付けることができるよう祈っています。
かつてケネディは言いました。¨Some men see things as they are and say,why.I dream things that never were andsay,why not.¨
最後に、竹岡先生の更なる飛躍を祈っております。

投稿: | 2007年7月 3日 (火) 08時09分

竹岡先生のご活躍を今後も願っております。お体ご自愛くださいませ。

投稿: | 2007年7月 3日 (火) 15時33分

先生が体調を壊されないかという事だけが心配です。これからもよりよい英語教育のためにめげずに頑張ってください。

投稿: | 2007年7月 3日 (火) 15時45分

ドラゴン桜って速単すすめてなかったか?

「速単」であれ「シス単」であれ
名指しではないがはしがきに森一郎の「シケ単」批判した内容書いてるぞ

あと故伊藤和夫氏の駿台文庫から出してた
3000語のカスみたいな単語集自分は覚えてるが
英文解釈教室のこと自著で賛嘆されていた
先生はアレをカスだと認められるのか?

投稿: 匿名ですみませんが | 2007年7月 3日 (火) 20時33分

↑何が言いたかったかと言えば

①竹岡先生が批判された
単語集自体も他を批判している

②伊藤和夫氏も昔くだらん単語集出していた
事実がある(個人的には大部分の伊藤和夫氏の著書は好きですが)

うーーん自分は語源で覚えるっていうの言うのがよくわからんのです
ネイティブが語源意識して覚えてるとは思わないし
「速単」であれ「シス単」であれ個人的には役に立ったし昔の「シケ単」「ターゲット」に比べてばそれなりの力作だと思うのですが・・・

でも先生がお勧めのほうの語源の本は買ってみようと思ってます

ちょっと自分が話題そらしてしまいましたか・・・

ごめんなさい

竹岡先生の本も愛読しており
ドラゴンイングリッシュはほぼ覚えました

この件の行く末につきましては
客観的に見て行こうと思ってます

投稿: 匿名ですみませんが | 2007年7月 3日 (火) 20時50分

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